大判例

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札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)1239号 判決

原告 宮本一郎

被告 国

訴訟代理人 宮村素之 外二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判〈省略〉

第二当事者双方の主張

一  原告(請求の原因)

1  違法な授権決定がなされるまでの経緯

(1)  原告は、別紙物件目録記載の三筆の土地合計三二八坪一合(以下、本件土地という)に存在する諸建物を前所有者訴外倉敷市い草い製品販売農業協同組合連合会(一部は訴外株式会社田原のござや)から買受けるに当り、昭和四〇年三月一四日、同土地の所有者である訴外遠藤俊造(以下遠藤という)から、借地権の譲渡と建物を建築することについての承諾を得たが、その後遠藤は、右の承諾を取消すかのような態度に変り、四月二九日には原告に対し、本件土地を貸与できないので建物を至急収去するよう催告して来た。

(2)  そこで、原告は、遠藤を相手どり当庁に建物建築妨害禁止の仮処分命令を申請したところ(当庁昭和四〇年(ヨ)第一八九号)、右裁判所は、昭和四〇年五月二二日、左記の仮処分決定をなし、該決定は同月二四日遠藤に送達された(以下、第一次決定という)。

「債権者(原告)が別紙物件目録記載の地(本件土地)上に鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗及び事務室(総坪数約四五二平方米)の建築をなすにつき、債務者(遠藤)は一切の妨害行為をしてはならない。」

(3)  そして、原告が右仮処分決定にもとづいて建物の建築にとりかかるべく準備していたところ、遠藤は逆に原告を相手どり当庁に不動産仮処分の申請をなし(当庁昭和四〇年(ヨ)第二六八号)右裁判所は、昭和四〇年六月三〇日、左記の仮処分決定をなし、該決定は同年七月一日執行された(以下、第二次決定という)。

「一 被申請人(原告)の別紙目録記載の不動産(本件土地)に対する占有を解いて申請人(遠藤)の委任する札幌地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

二  執行吏は被申請人の申出があるときは被申請人に右不動産の使用を許さなければならない。

三  前項の場合執行吏は右不動産が自己の保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

四  被申請人は右不動産の現状を変更してはならないしその占有を他人に移転し、またはその占有名義を変更してはならない。」

(4)  一方、原告は、第一次決定の送達をうけた後、訴外株式会社寒河江組に右決定文掲記建物の建築工事を請負わせ、工事の管理は原告自身が行なつて来ていたのであるが、原告は第二次決定があつた後も執行吏から土地の使用は許されており、同決定の第一項から第三項までは両決定が競合すると解しても、原告が使用すること自体は問題でなく第四項のうち第一の決定に牴触する部分は妨害を許されないので、右寒河江組に建築工事の続行方を依頼しておいた。

(5)  ところが、遠藤は、七月一五日に至り原告及び工事請負人前記会社を債務者として、左記のような仮処分命令を申請するに至つた(当庁昭和四〇年(ヨ)第二九九号)。

「債務者らは債権者に対し別紙目録(一)記載の土地(本件土地)を仮りに明け渡せ。

債務者らは債権者に対し別紙目録(二)記載の工作物(目録(一)記載の土地上に所在する鉄筋コンクリート製建物基礎一八基(約二尺四方、高さ一メートル以下のもの)およびその基礎の上に立てられている軽量鉄骨柱と各柱の間を結ぶ鉄板)を仮りに撤去せよ。」

そして、右裁判所は、昭和四〇年七月一六日、左記の仮処分決定をなし、該決定は同月一七日に執行された(以下、第三次決定という)。

「一 別紙目録(一)記載の不動産(本件土地)及び同目録(二)記載の物件(前記工作物)に対する債務者の占有を解いて、これを債権者の委任する札幌地方裁判執行吏に保管を命ずる。

二 執行吏は債務者の申出がある場合には債務考に右不動産および物件の使用を許さなければならない。

この場合執行吏は右不動産および物件が自己の保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

三  債務者は自己もしくは第三者をして右不動産および物件の現状を変更してはならないし、その占有を他人に移転しまたはその占有名義を変更してはならない。」

なお、右執行吏による執行の段階では、鉄骨、建物基礎上に鉄骨一八本及び合掌一本、梁三八本、同屋根梁三本が仕上つていた状態であつた。

(6)  右仮処分決定の執行後、訴外寒河江組は建築工事を直ちに中止し、七月二〇日付を以て建築請負契約解除の申入をなしたので同日付でこれを合意解約したうえ、原告において、右寒河江組が工事を中止した前記段階のうえに原告の直営で、それぞれ工事人を依頼して、第一次仮処分決定主文掲記の建物の建築工事をすすめていた。

(7)  遠藤は第三次決定執行後、訴外寒河江組に対し原告において独自に建築工事をなした分につき当庁に代替執行の申立をなし(当庁昭和四〇年(モ)第一一四四号)、ついで原告に対し、訴外寒河江組の承継人として七月一九日以降原告がなした工事分につき代替執行の申立をなし(当庁昭和四〇年(モ)第一一七九号)、右裁判所岸本洋子裁判官は、原告のなした工事を訴外寒河江組から権利を承継したものとして、これを収去することができる旨の代替執行を認容した(本件授権決定の発令)。

右の授権決定により、遠藤は、同年八月九日午前七時五〇分から、原告において建築中であり完成間近の建物に対し収去執行を開始し、同執行の収去行為は停止決定正本を執行吏に提示した午後三時三〇分まで継続され、その後取毀した材料の整理等で右執行手続は同日午後六時に終了した。

2 貴任原因

元来、先行する仮処分に相牴触する後行仮処分は違法であり、かような仮処分命令の発令は許されないものと解せられるところ、第二次および第三次決定は、第一次決定と相牴触する違法な仮処分である。

したがつて右違法な仮処分命令を前提としてなされた前記授権決定もまた違法である。よつて前記原告の損害は、公権力の行使に当る裁判官がその職務を行なうについて故意または過失により違法な授権決定をしたことによつて生じたものであるから、国家賠償法第一条に基づき被告が賠償の責に任ずるべきである。

3、4〈省略〉

二、三、四〈省略〉

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告主張のとおりの第一次ないし第三次の各決定がなされたこと、第三次決定に基づき本件授権決定がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで、原告の本訴請求が右授権決定の違法を理由とするものであることは、その主張自体によつて明らかであるが、〈証拠省略〉によれば、原告は右授権決定に対して札幌高等裁判所に即時抗告の申立をしたものの棄却されて確定したことが認められ、これに反する証拠は存在しないから、仮に裁判官の職務上の行為に国家賠借法一条の適用があるとしても、右授権決定が即時抗告の棄却によつて確定した以上、右決定が明文の規定を無視しているとか学説・判例に著しく反していて不当であるとかの特段の事情のないかぎり、右授権決定をした裁判官の行為には何らの違法もなかつたことになると解すべきところ(最高裁昭和四三年三月一五日判決参照)、本件では、右のような特段の事情を認めるべき資料は存在しないのである。

以下、この点について検討を敷衍することとする。

二  まず、本件授権決定が違法となる理由について、原告は、右授権決定が先行する第一次決定に抵触する第二ないし第三次決定に基づいて発せられたことにあると主張しているが、本件授権決定が第三次決定に基づいて発せられたものであつて第二次決定に基づいて発せられたものでないことは冒頭判示のとおりであるから、仮に第二次決定が第一次決定に抵触するとしても、本件授権決定につき違法の問題が生ずる余地はない。しかも〈証拠省略〉によれば、第三次決定の債務者は訴外株式会社寒河江組であつて本件授権決定は原告を右訴外会社の特定承継人として発せられたものであることが認められるから、第一次決定と第三次決定自体の間でも抵触の問題を生ずる余地がなく、この問題は、本件授権決定発令の前提として、第三次決定に基づき原告に対する承継執行文が発せられた第一次決定と第三次決定の効力をうける当事者の範囲が一致したことによつて始めて生ずるにすぎないものというべきである。

このような前提に立つて本件をみるに、第一次決定は、「債権者(原告)が別紙物件目録の地上に鉄骨造亜鉛メツキ綱板葺二階建店舗及び事務室(総坪数四五二平方米)の建築をなすにつき、債務者(訴外遠藤)は一切の妨害行為をしてはならない」というものであり、これに対して、第三次決定は、「一、別紙目録(一)記載の不動産(本件土地)及び同目録(二)記載の物件(本件土地上に所在する鉄筋コンクリート製建物基礎一八基ほかをさす)に対する債務者の占有を解いてこれを札幌地方裁判所執行吏に保管を命ずる。二、執行吏は債務者の申出がある場合には債務者に右不動産および物件の使用を許さなければならない。この場合執行吏は右不動産および物件が自己の保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。三、債務者は、自己もしくは第三者をして右不動産および物件の現状を変更してはならないし、その占有を仙人に移転しまたは占有名義を変更してはならない」というものであるから、第三次決定とくに第三項の現状変更禁止を命じた部分が第一次決定に抵触するか否かは、第一次決定の趣旨ないしその効力の及ぶ範囲をいかに解するかによつて決せられることになる(これに対して、第三次決定中の第一、第二項および第三項の右以外の部分については、第一次決定との抵触を問題にする余地はない)。

そして、第一次決定が、原告の主張するように、債務者である訴外遠藤に対して単に実力による妨害行為を禁ずるにとどまらず、原告が建物の建築工事をする権限があることを暫定的に確認し遠藤にこれを受忍すべき法律上の義務を課したものと解するならば、遠藤としては、たとえ原告の建築工事の権限とあいいれない実体法上の権利を有しているとしても、第一次決定に対する異議・特別事情による取消などの不服申立手続を経ることなしに右決定の内容とあいいれない別個の仮処分をもつてこれに対抗することは許されないのが本来の筋合であるから、第三次決定の第三項にあるような現状変更の禁止命令は、遠藤から直接に原告を相手にして発令の申請がなされる場合であれ、また、第三者に対する仮処分決定の承継人としてであれ、第一次決定に抵触するものとして原告に対して効力を生ずるに由なく、したがつて、右の現状変更禁止命令に基づいて授権決定を発することも違法として許されないのが当然の帰結ということになるであろう。

ところが、第一次決定のようないわゆる不作為仮処分については、その内容である妨害禁止の趣旨をめぐつて学説・判例が大きく分れ、本件授権決定が発せられたころまでに公表された裁判例に限つてみても、原告の主張と同様の見解をとるものがかなりの数にのぼつたとはいえ(たとえば、大判昭四・一一・一九法律評論一九巻民訴一六四頁、東京高決昭二八・七・二〇東京高民時報四巻三号九五頁、同昭二八・一〇・一六同報四巻五号一五五頁、最判昭三〇・六・二四ジユリ八八号七八頁、仙台高決昭三三・四・一四下級民集九巻四号六七一頁、東京高決昭三四・一・二六東京高民時報一〇巻一号九頁)、これとは反対に、単に実力による妨害行為を禁止するのみで暫定的にもせよ法律上の地位までをも形成するものではないとして、相手方が先行する妨害禁止仮処分の被保全権利とあいいれない権利を有している場合にはこれを保全するために反対の仮処分を申請し発令することは何ら禁ぜられず、したがつて抵触の問題が生ずることはないとするものも決して少なくはなく(たとえば、東京高決昭二七・一〇・二判タ三〇号四六頁、東京地判昭二九・六・一二下級民集五巻六号八六五頁、名古屋高判昭三〇・四・一八高裁民集八巻四号二七七頁、長崎地判昭三〇・一一・二八下級民集六巻一一号二、五一一頁、仙台高判昭三四・七・三〇下級民集一〇巻七号一、六〇四頁、大阪高判昭三五・二・六下級民集一一巻二号二八三頁、仙台高決昭三七・九・二七下級民集一三巻九号一、九七四頁)、積極および消極の両判例がほぼ実務を二分する状態にあつたといつて誤まりではないのである。そして、後者のような見解に立てば、後行する仮処分に違反する行為があつた場合にこれを除去するための授権決定を発しても先行する仮処分との関係で違法とされる余地はないことになるところ、〈証拠省略〉によれば、本件授権決定を発した裁判官が右決定に先だつて第二次決定に基づく代替執行事件をも担当し、その審理過程において、第二次決定(これは、債務者を異にするのみで主文では第三次決定と全く同じものである)は第一次決定に抵触し無効である旨の原告の主張を聴いていることが認められるから、右裁判官としては、第一次決定の存在をも念頭に入れこれと第三次決定との抵触の問題についても検討を加えたうえで、前述した後者の見解を採用したか、または、少なくとも原告の右主張とは異なる見解のもとに本件授権決定を発したものと推認して妨げがないのである。

三  以上のとおりであつて、本件授権決定が違法であるとの原告の主張は、第一次決定の趣旨およびその効力の及ぶ範囲についての、かならずしも定説とはいいがたい一方の見解のみを根拠とするものであるうえ、右決定における裁判官の判断がかかる見解と対立しほぼ実務を二分する状態にあつた他方の見解と結論において一致している本件では、前述したような特段の事情の存在しないことは明らかであり、ほかに右事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

四  そうとすれば、裁判官の違法な授権決定を理由とする本訴請求は、その余の点につき判断を加えるまでもなく失当たるをまぬかれないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原島克己 太田豊 末永進)

別紙〈省略〉

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